こんにちは、skyです。
白熱の令和初の夏の甲子園大会。
各校の応援歌が話題になりますが、その中でも群を抜いて話題なのが、智弁和歌山高校の応援歌「ジョックロック」です。
「魔曲」とも言われる所以・誕生秘話やドラマに迫ります!
もくじ
智弁和歌山の守り曲「ジョックロック」とは
「ジョックロック」とは、かつてヤマハのミュージックソフトにサンプル音源として収録されていた曲。同校教頭で、吹奏楽部初代顧問の吉本英治氏が「フレーズごとに掛け声が入れやすそう」と1998年頃に応援曲に取り入れ、2000年夏から甲子園で演奏するようになった。
攻撃中に「ジョックロック」を演奏すると、それまで押さえ込まれていた打線に突然連打が生まれたり、あるいは相手に信じられないエラーが発生したりと、なぜかビッグイニングにつながるのだ。
yahooニュース
「ジョックロック」演奏タイミングは計算されていた!
坂上顧問の勘が働く
現在、ジョックロック演奏のタイミングを決めているのは、2009年から応援団の顧問を務める坂上寿英氏です。
坂上氏は、智弁和歌山高校の卒業生で、当時、応援団の副団長として、頑張っていました。2009年に母校に教員として戻ったとき、「応援団の顧問をやりたい」と自ら志願。今度は教員として応援団を取りまとめることとなりました。
「ジョックロック」が生まれたのは、坂上顧問が高校3年生の頃。
聞いた第一印象としては、とても好印象。ただ、特別な曲というわけでもなく、いくつもある応援曲のうちの1つという位置付けだったそうです。
試合で使っても、特に勝つこともなく、あまり使ってない曲だったそう。それが、坂上顧問が卒業後、逆転劇を引き起こすことが出始めます。
それでも、またしばし低迷したりとする中、当時5回に流すと決められていた「ジョックロック」のタイミングを坂上氏が顧問として応援団に復帰するとともに変更していくことになります。
「ジョックロック」はチャンスのときに繰り出すようになっていった。「チャンスになってから」ではなく、「チャンスになりそうなとき」に指示を出す、その瞬間が絶妙
2019年夏 「ジョックロック」と智弁和歌山
■2019年夏の甲子園
智弁和歌山8ー1米子東
13安打の猛攻で智弁和歌山が勝利しました。
智弁和歌山7ー1明徳義塾
智弁和歌山1ー4星稜
そして、8月17日、今大会No1とも言われる奥川投手を擁する星稜との対戦。
負けたとは、言え。ジョックロックの威力も。
奥川投手は、一人で投げきり、23奪三振!
智弁和歌山も三人の投手の継投で、星稜を1点に抑えて、延長へ。
14回にさよならホームランで星稜がベスト8進出を決めました。
ジョックロックへのみんなの反応
智弁和歌山「ジョックロック」魔曲伝説は健在だった
智弁和歌山に追い風をもたらすと言われる「ジョンロック」の魔曲伝説は健在だった模様です。
そして、それ以上に、今大会No1ピッチャーの奥川投手の気迫・力が優ったのかもしれません。
試合で、奥川選手は足がつってしまう一幕も。
奥川は延長十一回に右ふくらはぎがつり、十二回前には治療に入った。奥川は「途中つったんですが、それ以降は大丈夫だった」と語ったが、星稜の林監督によると、智弁和歌山の黒川主将から星稜の内山を通じて奥川のために熱中症対策の錠剤も届けられたという。敵味方を超えた友情の手助けに、指揮官は「黒川が内山に錠剤を渡してくれて。ありがたいですね」と、感謝した。
デイリースポーツ
黒川、奥川のふたりは日本代表候補として互いを知り合う間柄。6打数無安打に抑えられ、敗戦に涙の黒川は「奥川君はこれまでの人生で一番すばらしい投手だった」と振り返った。
同じく試合終了後に涙を流した奥川は、その理由を問われ「向こうも本気で日本一を狙っていた学校で、日本一を取ってくれと黒川キャプテンに言われて込み上げるものがあった」と説明した。