ASKA「脱退」でチャゲアスはどうなる?CHAGE・ASKAの葛藤

こんにちは、skyです。

CHAGE&ASKAが40周年を迎えた2019年8月25日、突如、ASKAさんが「CHAGE&ASKA」からの脱退を表明

今後ソロでの活動を推進していくとのこと。
CHAGE&ASKAからASKAが脱退したら、単に「チャゲ」では??という疑問も起こるなか、チャゲとASKA、それぞれの想いを追ってみました。

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ASKA 公式サイトで「脱退」を発表

エキサイトニュース
「この度、弊社所属アーティストのASKAが、2019年8月25日をもちまして、CHAGE and ASKAから脱退いたしますことをご報告させていただきます」

ASKAさんは公式ブログでも

『CHAGE and ASKAであれば、永遠にソロ活動でいい』これは『解散』と、同じです。CHAGE and ASKAの再始動を、ひたすら待ってくれている多くのファンの方々の気持ちを前にして、私には、それはできません。手を替え、品を替えで、ただ延命するより、いっそ解体して、新しく積み上げることの方が建設的だと思うのです

エキサイトニュースより

と語っています。

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ASKA 「解散」を決意したのは2009年

エキサイトニュースより

CHAGE&ASKAは2009年2月に「無期限活動停止」を発表します。

実は、この時、すでに飛鳥さんは「解散」を決意していました。
しかし、当時のマネージメント会社に半ば説得される形で、「解散」ではなく「無期限停止」にしたと語っています。


チャゲ 「CHAGE&ASKA」の復活を願っていた

女性自身

チャゲさんの方は、「CHAGE&ASKA」の復活を望んでいました。

「ファンの方が『いつかは二人一緒に』と、思っているのは、わかっています。僕だって、一緒にやりたい――」

だから、悩んでいるし、葛藤もある。

それでも自分のなかで解散は考えたことはありません。CHAGE and ASKAは俺の人生、そのものだから

女性自身
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チャゲとASKA 出会いは高校

二人は、高校の時に出会っています。
福岡の高校2年で同級生として出会い、大学も同じ

CHAGE(本名・柴田秀之)
ASKA(本名・宮崎重明)
二人ともに1958年福岡県出身によるデュオ。

大学時代、それぞれ別々にヤマハのポピュラーコンテストに出ていた二人に、
ヤマハのプロデュサーの勧めで二人が一緒に組むことになります。

そして、
1979年に「ひとり咲き」でデビューします。

1991年「SAY YES」が連続10週を超えるチャートNo.1を記録し、一気にスターダムへ。

途中、ASKAがソロ活動を始めたり、活動休止や逮捕など、色々ある中で、解散ということをせずに、二人揃うことをファンは期待していましたが、叶わないことになったようです。

ASKA CHAGE 現在の関係性

CHAGEさんとの現在の関係性については、ASKAさんはこのように語っています。

今回の『脱退』を感じ取った彼から、彼の弁護士を通じて、『できれば、ふたりで会いたい』と、連絡がありました。そうなんだ。ずっとそうだった…。そんな大事な言葉さえ弁護士を通して伝えてきた…

nlab.itmedia.co.jp

「私は、相棒の『電話番号』も『メールアドレス』も知りません。彼の弁護士を通してしか、連絡の方法がありません」

nlab.itmedia.co.jp

解散についての話し合いの場を設けることがかなわず、脱退という発表に至ったとのことです。

相棒は、まだ『解散』を受け入れていません。ましてや、この『脱退』も受け入れられないでしょう

その上で、お伝えしたいことは、『オレは、別にアイツが嫌いなわけではないよ』

nlab.itmedia.co.jp
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まとめ

40周年という記念の日に脱退という実質は解散ということを宣言したASKAさん。

●今後、CHAGE AND ASKA の活動はない。
●ASKAさんはソロ活動を引き続き行う。

チャゲアス時代のヒット曲のほとんどはASKAさんの作詞作曲ということで、ASKAさんは脱退しても、自分の曲として歌い続けることもできるわけですね。

CHAGEさんは、CHAGE AND ASKAが解散したら、その楽曲を歌うのに、著作権を払わなければならないのでしょうか?

夫婦でも離婚の際は、二人で築いた財産分与問題は難しい問題です。

二人で築き上げてきたCHAGE AND ASKAの財産もまた、どのように分けられるのか、二人の感情だけでは処理できない問題があるのかもしれません。

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